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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)3167号 判決 1984年11月29日

控訴人 荒木義高

右訴訟代理人弁護士 石川博臣

右訴訟復代理人弁護士 若松巖

被控訴人 財団法人日本青年館

右代表者理事 小尾乕雄

右訴訟代理人弁護士 千石保

同 中藤力

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の求める判決

一、控訴人

1. 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2. 被控訴人は、控訴人に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五一年九月三〇日から支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

3. 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二、被控訴人

主文同旨

第二、当事者の主張

一、請求の原因

1. 控訴人は、裏書の連続する別紙手形目録記載の約束手形一通(以下「本件手形」という。)を所持している。

2. 被控訴人は、本件手形を振り出した。

3. 控訴人は、本件手形を満期に支払のため支払場所に呈示したが、支払を拒絶された。

4. よって、控訴人は、被控訴人に対し、本件手形金五〇〇〇万円及びこれに対する本件手形の満期である昭和五一年九月三〇日から支払ずみに至るまで手形法所定年六分の割合による利息の支払を求める。

二、請求の原因に対する認否

請求の原因事実は認める。

三、抗弁

1.(一) 本件手形は、被控訴人の理事成沢勇記(以下「成沢」という。)が「財団法人日本青年館理事長小尾乕雄」の記名捺印をして訴外常盤興産株式会社(以下「訴外常盤興産」という。)に対し振り出したものであるが、被控訴人の対外的代表権限、手形振出権限は寄附行為によって理事長のみに制限されており、成沢は手形振出権限を有しない。

(二) 訴外常盤興産及び控訴人は、次のとおり、右(一)の事実を知って本件手形を取得した。

(1)  株式会社九州健康ホーム(以下「九州健康ホーム」という。)は、大分県農業協同共済組合連合会から融資を受けて老人ホームを建設する計画をたて、その建設工事を控訴人が請負うことになっていた。ところが、九州健康ホームは右融資を受けるための準備資金が無かったので、九州健康ホームの代表取締役である村本宏(以下「村本」という。)が取締役をしている訴外常盤興産がその所有の土地を農事組合法人山梨県園芸農事組合(以下「農事組合」という。)に売却し、その代金をもって右準備資金にあてることになり、訴外常盤興産と農事組合との間で売買代金六億円の土地売買契約が締結され、その代金の支払のために農事組合が約束手形を振り出すことになったが、右約束手形を満期前に現金化するためには農事組合と訴外常盤興産の信用だけでは不足なので被控訴人の振出名義を加えて右手形に信用をつけるため、村本及び農事組合代表理事中山善元(以下「中山」という。)らは、成沢に被控訴人の対外的代表権限がなく、手形振出権限もないことを知りながら、成沢に対しその振り出しを依頼し、本件手形を含む総金額金六億円の約束手形が振り出された。

(2)  昭和五一年四月二一日ころ、成沢が被控訴人の印鑑を用いて約束手形を振り出していることが発覚し、被控訴人の理事菊地豊(以下「菊地」という。)は関係者から事情をきいてその事態を調査すべく、同月二九日、名古屋市所在の名古屋観光ホテルにおいて、成沢、村本、中山及び控訴人の四名と面談した。

その席上、菊地は本件手形振出の経緯について成沢、村本、中山、控訴人らから前記(1)のとおり説明を受けた。

そこで、菊地は控訴人らに対し、被控訴人においては対外的代表権限は理事長にのみ制限されており、成沢にはその権限がなく、手形振出権限もない旨を告げ、成沢が振出した手形を回収したい旨説明した。

(3)  ところが、控訴人は、昭和五一年五月四日、訴外常盤興産から、右のような経緯で成沢が振出したものであることを知りながら、本件手形の裏書譲渡を受けたものである。

2. (権限濫用)

控訴人は、次の(一)の事由で訴外常盤興産から本件手形の裏書譲渡を受けたものであるが、次の(二)ないし(四)記載のとおり、訴外常盤興産と控訴人との間においては本件手形の裏書の原因関係が消滅しているのであるから、控訴人は本件手形を保持し、手形上の権利を行使すべき実質的理由を何ら有しないのであり、被控訴人に対し、本件手形金を請求することは権利の濫用であって許されないというべきである。

(一) 訴外常盤興産は、控訴人から次のとおり金五一〇〇万円を借り受けた。

(1)  昭和四九年一一月一六日、金一〇五〇万円、弁済期同五〇年三月八日、利息金三五〇万円を天引。

(2)  同四九年一二月二〇日、金一〇五〇万円、弁済期及び天引利息は右(1)に同じ。

(3)  同四九年一二月一四日、金三〇〇〇万円、弁済期同五〇年三月二五日、利息金九〇〇万円を天引。

訴外常盤興産は、昭和五一年五月四日ごろ、右債務の支払いのため、本件手形を控訴人に裏書譲渡した。

(二) 代物弁済

(1)  訴外常盤興産の営業に関する包括的代理権を与えられていたその取締役の村本は、昭和五〇年一〇月一一日、控訴人の代理人船崎との間で、訴外常盤興産の控訴人に対する右借受金及び遅延損害金の内金二〇〇〇万円の弁済に代えて、村本が田中和夫所有の鳥取県境港市佐斐神町砂浜ノ一、一〇番一、畑九四八平方メートル(以下「境港市の土地」という。)について有している農地法五条の許可を条件とする所有権移転請求権を控訴人に譲渡することを合意した。

(2)  村本は右船崎に対し、権利証その他登記手続に必要な書類一切を交付した。

(3)  更に、控訴人の代理人船崎は、その場に同席していた大栄企画株式会社(以下「大栄企画」という。)との間で、控訴人の大栄企画に対する土地売買代金支払債務金二〇〇〇万円の弁済に代えて、前記条件付所有権移転請求権を譲渡することを合意し、右船崎から大栄企画に対して前記権利証等の必要書類の交付がされた。そして、中間省略登記の方法により仮登記のある右請求権移転の附記登記手続がされた。

(三) 墓地の分譲代金による弁済充当及び相殺

(1)  前記代物弁済のみでは訴外常盤興産の借受金は完済されていなかったことから、昭和五〇年一二月訴外常盤興産は控訴人に対し、訴外常盤興産所有の広島市己斐上二丁目一九九五番、一九九六番一・二、一九九七番、一九九八番の山林二〇三一平方メートル(現況墓地)の墓地分譲販売の委託をし、次のとおり合意した。

(イ) 控訴人は、一聖地当り「いろは段」の永代使用料を金二五万円、「に~り段」の永代使用料を金二〇万円で分譲販売する。

(ロ) 控訴人が受領した分譲代金のうち、一聖地当り「いろは段」の墓地分については金一五万円を、「に~り段」の墓地分については金一〇万円をそれぞれ訴外常盤興産の控訴人に対する借受金残債務に弁済充当し、残額は受領後直ちに訴外常盤興産に引渡す。(なお、分譲代金の内訳は、永代使用料と管理料である。)

(2)  控訴人は昭和五一年一月から右墓地分譲に着手し原判決別紙購入者名簿一覧表のとおり分譲をし、同五三年四月二八日までに分譲代金として合計金二四九三万円を受領した。

(右分譲価格は、控訴人が前記約定に反し廉売したものであり、約定価格との差額は控訴人が負担すべきである。)

(3)  右金二四九三万円の内金一九〇二万四〇〇〇円は借受金弁済に充当された。残額金五九〇万六〇〇〇円は受領後直ちに訴外常盤興産に対して引渡すべきものであるところ、控訴人はその引渡をしないので、訴外常盤興産は、控訴人に対し昭和五四年三月一六日、右債権をもって、控訴人の貸付金残債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

(四) 以上のとおり、訴外常盤興産の控訴人に対する借受金債務は、利息制限法を適用したうえ、右代物弁済、弁済充当及び相殺により計算すると、原判決別紙借受弁済一覧表のとおり、消滅しているものであって、訴外常盤興産と控訴人間の本件手形の裏書の原因関係は消滅しているものである。

四、抗弁に対する認否

1.(一) 抗弁1.の(一)の事実のうち、成沢が被控訴人主張のとおり本件手形を振り出したことは認めるが、その余の事実は不知。

(二) 同(二)の(1)の事実は不知。同(2)の事実のうち、被控訴人主張の日時場所において控訴人が菊地ほか三名と会ったことは認めるがその余の事実は否認する。同(3)の事実中、控訴人が本件手形の裏書を受けたことは認めるが、控訴人が悪意の点は否認する。

控訴人が昭和五一年四月二九日、名古屋観光ホテルにおいて被控訴人の理事菊地らと会うに至った経緯は次のとおりである。

(1)  控訴人は、訴外常盤興産に対し金五〇〇〇万円の貸付けをしていたところ、昭和五一年三月ころ、村本から訴外常盤興産所有に係る広島県所在の土地を被控訴人に金六億円で売り渡し、その代金の一部を債務の支払にあてる旨伝えられ、同年四月二八日、村本から債務の弁済が出来る旨の連絡を受けて東京に呼び出されたが、同日はその支払を受けられなかった。

(2)  翌二九日、村本が控訴人の宿泊先に電話で「今日、東京では日本青年館振出の約束手形は貰えそうにない。名古屋観光ホテルのロビーに日本青年館の偉い人が来ているので、そこで約束手形を渡せると思うから、同ロビーまで来てくれ。」と連絡してきたことから、控訴人は名古屋観光ホテルに赴いた。

(3)  右ホテルにおいて、村本は菊地に対し控訴人のことを訴外常盤興産に対する債権者である旨説明し、控訴人も菊地らに対し、控訴人が訴外常盤興産に対して金五〇〇〇万円貸し付けていることを説明したところ、菊地は村本に対し、「今回の取引がうまくいき次第、債務を支払ってやりなさい。」と述べていた。そこで、控訴人は、村本と被控訴人の取引の話の邪魔にならないようにとの配慮から、席を離れて待つことにした。したがって、菊地らの間で如何なる話し合いがされたのか知らない。

(4)  控訴人らは菊地らの話し合いが終った後、村本にその結果を聞いたところ、村本は「今回の取引の成立は間違いない。ただ今日は払ってもらえなかったから、支払をもうしばらく待ってくれ。」と述べていた。

2.(一) 抗弁2.の(一)の事実中、その主張の頃、その目的で本件手形が裏書譲渡されたことは認める。控訴人は訴外常盤興産に対し、昭和四九年一一月一二日ころ金二〇〇〇万円を、同年一二月ころ金三〇〇〇万円を貸し付けたものであるが天引はしていない。

(二) 同(二)の事実は否認する。

(三) 同(三)の事実中、被控訴人主張の相殺の意思表示があったことは認め、その余は否認する。

第三、証拠<省略>

理由

一、請求原因事実について

請求原因事実は、当事者間に争いがない。

二、抗弁1について

1. 本件手形(甲第一号証の一)は被控訴人の理事である成沢が「財団法人日本青年館理事長小尾乕雄」の記名捺印をして訴外常盤興産に対し振り出したものであることは、当事者間に争いがない。

2. <証拠>によれば、本件手形が振り出された当時、被控訴人においては、寄附行為により理事長である小尾乕雄だけが被控訴人を代表する権限を有し、約束手形を振り出すには理事長の承認を経なければならないこととされており、理事にすぎない成沢は被控訴人を代表する権限はなく、みずからの権限で約束手形を振り出すことはできなかったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、財団法人の理事は一般的には当該法人を代表する権限を有し、自己の代表名義のみならず他の理事の代表名義で約束手形を振り出すこともできるものと解されるから、財団法人が当該法人を代表する権限を有する者を理事の一人だけに制限している場合に右制限に反し代表権を有しない理事が代表権を有する理事の代表名義で約束手形を振り出したときも、当該法人は、右制限を知らない第三者に対しては振出人としての責任を免れないものというべきである。

そこで、以下本件手形の振出並びに訴外常盤興産及び控訴人の本件手形取得の経緯について検討する。

3. <証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  成沢は、他の理事に内緒で被控訴人の財務部長倉橋俊夫(以下「倉橋」という。)に依頼して多額の被控訴人の金員の融通を受けていたが、その返済が滞り、他にも返済を迫られていた債務がありその処理に苦慮していたところ、訴外常盤興産の営業について包括的な代理権を与えられていた村本から、訴外常盤興産の債権債務を整理するため被控訴人から六億円の融通手形の振出交付を受ければ整理の暁に被控訴人に五億円の寄附をする旨申し向けられ、右融通手形の割引金の一部を回してもらう約束で、右村本、農事組合の中山及び不動産業者の訴外久保健太らと相談のうえ、訴外常盤興産が金融機関から割引を受け易いよう、訴外常盤興産がその所有の広島県呉市警固通り所在及び大分県別府市南立石所在の各土地を農事組合に売り渡した旨の仮装の売買契約を締結しその代金支払のため農事組合が約束手形を振り出し、その支払を保証する意味で被控訴人が共同振出人として右約束手形に記名押印する形式をとることとし、成沢は、倉橋を強硬に説得し同人に指示して被控訴人の理事長の承認を受けることなく被控訴人振出名義(いずれも被控訴人と農事組合との共同振出名義)の約束手形一〇通(総金額二億円)を昭和五一年三月二四日に、また一一通(総金額四億円、そのうちに本件手形を含む。)を同年四月一六日に訴外常盤興産あて振出し、村本にこれを交付した。成沢は、右三月二四日右一〇通の約束手形を村本に交付する際、同人に対し「これらの手形は自分と倉橋だけが承知しているもので、日本青年館(被控訴人)には内緒であるから、手形の割引先や預け先に対しては、日本青年館に対する照会は必ず倉橋財務部長だけに対してするよう念を押してくれ。」と告げ、また、同年四月一六日ころ村本から「手形の確認のため日本青年館に電話をかけても倉橋の不在のことが多くて困る。」という苦情を受けたため、倉橋に指示して被控訴人理事長小尾乕雄作成名義の「同年三月二四日振出にかかる右一〇通の手形は、日本青年館が企画する分館海の家、ヨットハーバー及び老人健康ホームの建設用地として先行取得するために農事組合に依頼し、同組合が発行する手形に連記保証したものに相違ないことを確認する。」旨記載した同年三月二四日付保証確認書(甲第二号証)を作成させたうえ、これを村本に交付した。

(二)  訴外常盤興産は、控訴人から、昭和四九年一一月一六日金一〇五〇万円、同月二〇日金一〇五〇万円をいずれも弁済期昭和五〇年三月八日の約定で、また昭和四九年一二月一〇日金三〇〇〇万円を弁済期昭和五〇年三月二五日の約定で借り受けていたが、期日に返済することができず、控訴人は、昭和五一年三月ころからは村本に対し執拗にその返済を迫っていた。控訴人は、同年三月ないし四月ころ、村本から「訴外常盤興産所有の土地を日本青年館に売却して、日本青年館の連記保証をした手形を受け取るから来てほしい。」と告げられ、約三回にわたり、被控訴人方に赴いたが、村本から約束手形の交付を受けることができなかった。

(三)  被控訴人は、昭和五一年四月二一日ころ、被控訴人振出名簿の約束手形が市中に出回っているという情報を入手したので、理事長の小尾乕雄は、被控訴人の理事である菊地に対して右手形についての調査を命じた。そこで、菊地は、成沢に対して、右手形に関係した者を呼び集めるように指示した。村本は、同年四月二八日、成沢から「日本青年館の手形につき追認が受けられるかもしれないので、名古屋市所在の名古屋観光ホテルに来てほしい。」という連絡を受け、その際、成沢及び村本は、成沢が被控訴人名義人で振り出した手形のうち、同年四月一六日振出の一一通(総金額四億円)についてはまだ市中に出回っていないであろうから、菊地に対しては、この存在は伏せておき、成沢が被控訴人名義で振り出した手形は同年三月二四日振出の一〇通(額面総額二億円)だけであると説明することとする旨の打ち合わせをした。そして、村本は、控訴人に対して「常盤興産所有の土地を日本青年館に買ってもらうので、明日、名古屋で、私が日本青年館の連記保証した手形をもらえるかもしれない。手形をもらえたらそれで弁済する。」と告げ、控訴人は、同年四月二九日、村本と共に名古屋観光ホテルへ赴いた。

(四)  菊地は、同月二九日、名古屋観光ホテルのロビーで、成沢、村本、中山及び控訴人の四名と面会した(この事実は当事者間に争いがない。)。

右面会の席において、成沢、村本及び中山は、菊地の事情聴取に対し、大要、「成沢が日本青年館名義で振り出した手形は総額二億円である。村本は、九州健康ホームの代表取締役及び常盤興産の取締役であり、老人ホームの建設を計画している。右工事のために、九州健康ホームは大分県農協共済連から四〇億円の融資を受けることになっているが、そのための運動準備資金として信用力のある手形を見せ金として使う必要があり、そのため常盤興産所有の土地を農事組合が買い受け、さらにそれを日本青年館が買い受けることにし、その代金支払のためということで、農事組合及び日本青年館の共同振出名義の手形一〇通総金額二億円を振り出してもらった。日本青年館の振出行為は成沢が行った。手形は呉農協に預けたが、その一部が呉農協から第三者に流れた。これらの手形を回収するまでの間、日本青年館においても、理事会に諮って右売買契約があったことを前提とする右総金額二億円の約束手形の振出を追認するという形にしておいてほしい。」という趣旨の説明をし、控訴人は、菊地に対して「私が九州健康ホームの工事を請負うことになっている。私の経営する荒木工務店は、年商一〇数億円で、工事の消化能力がある。」と述べたが、菊地は、成沢、村本、中山及び控訴人に対して、「「これらの手形は、日本青年館の理事長をはじめ他の理事らが全く知らない間に成沢が無断で印鑑を盗用して連記保証をしたものであり、日本青年館としては認めることのできないものである。日本青年館は、土地売買契約や手形の振出を追認することはできない。日本青年館としては、現在対策に苦慮中であり、これらの手形が市中に流れたら大きな問題になり、刑事問題にもなる。」という趣旨の説明をした。そこで、村本は、菊地の右説明を了承したうえで、菊地に対して、「右総金額二億円の手形については村本が責任をもって完済し、日本青年館及び成沢が被る損害は村本が償う。」ということを約し、名刺の裏にその旨記載(丙第五号証)したうえ、これを菊地に対して交付した。控訴人は、終始右席に立会い右のやりとりをその場で見聞きしていた。

(五)  菊地は、その後二億円以上の被控訴人振出の約束手形が出回っているという情報を入手したのでその確認と前記のように村本から総額二億円の約束手形について責任をもって完済する旨の確約をとっていたがその履行の能力があるかどうかにつき訴外常盤興産及び村本の資産状態を調査するため、同年五月上旬広島市に赴いた。その際、成沢、中山及び控訴人も広島に赴いた。同所においても、成沢及び村本は、菊地に対し、被控訴人において理事会に諮って訴外常盤興産と農事組合間の売買契約があったことを前提とする総額二億円の約束手形の振出を追認する形とするよう働きかけていた。一方控訴人は、成沢に対し、訴外常盤興産に対し貸金債権があるがその支払を受けられず困っているので、成沢から村本に対しその支払をするよう説得してほしい旨要請した。成沢は、控訴人が訴外常盤興産の呉市警固通り所在等の土地の登記済証を村本から預っていることを知り、これを村本のもとに取戻しておくほうが万一の場合訴外常盤興産が土地を処分するのに好都合であり被控訴人のためにもなるものと考え、村本に対し、控訴人に対する債務を支払い、登記済証を取戻すよう勧めた。そこで、村本は、久保健太に指示して、松山農業協同組合に預けてあった本件手形を取戻させたうえ同月四日これを広島シテイホテル内で控訴人に裏書交付させた(控訴人が訴外常盤興産から本件手形の裏書交付を受けたことは当事者間に争いがない。)本件手形は昭和五一年四月一六日に振り出されたものであり、前記保証確認書(甲第二号証)及び同月二九日の名古屋観光ホテルでの面談で問題にされた同年三月二四日振出しの一〇通の手形の中には含まれていなかったが、控訴人にとっては一見して容易に問題にされた右一〇通の手形と同様の経緯で作成されたものであり、被控訴人の理事長に無断で振り出された手形であることがわかるものであった。しかし、控訴人は、村本から本件手形が万一支払われない場合には訴外常盤興産が全責任を負う旨の確約書(甲第一一号証の原本)を徴したうえで、預っていた登記済証を村本に返還した。

以上の認定に反する<証拠>は、前掲の各証拠に比較して信用することができず、他の認定を左右するに足りる証拠はない。

4. 右3の(一)認定の事実によれば、訴外常盤興産の代理人である村本は、本件手形について成沢が手形振出の権限がないにもかかわらず、被控訴人名義で作成したものであることを知りながら、成沢からこれの振出交付を受けたものと認めるのが相当であり、また、3の(四)(五)の事実によれば、控訴人は、本件手形が被控訴人を代表して手形を振り出す権限を有しない成沢が振り出したものであることを知りながらこれを取得したもの(控訴人は、村本が被控訴人に対し全責任をもって農事組合及び被控訴人共同振出の総額二億円の約束手形の支払を約し、また控訴人に対しても訴外常盤興産を代理して本件手形の支払につき全責任を負う旨約していたので本件手形を全く無価値のものとは考えていなかったものと推認される。)と認められる。もっとも、原本の存在及び成立について争いのない甲第二二号証の一によると、村本は、控訴人に対し本件手形を真正に成立したもののように装いこれを行使したことを含めて有罪判決を受けていることが認められるが、このことは、本件においてあらわれた前掲各証拠による前記認定の事実に基づく右認定を必ずしも妨げるものではないというべきである。

5. そうすると、被控訴人の抗弁1は理由がある。

三、以上によれば、控訴人の請求は理由がなくこれを棄却すべきものであり、これと同旨の原判決は相当であって本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西山俊彦 裁判官 越山安久 村上敬一)

<以下省略>

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